shinroundのキャリアノート

~大学の知を社会へ~

マージナル大学に必要とされていること

先日、FD(ファカルティ・ディベロップメント)研修会に参加したときに「マージナル大学」について考えるきっかけがありました。

 

そこで、マージナル大学とは何なのか。マージナル大学に期待されていることは何なのかを考えてみたいと思います。

 

 

「マージナル大学」の定義

「マージナル大学」の定義は以下の論文に詳しく書かれています。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2010/09/pdf/027-038.pdf

 

この論文の著者、居神浩氏によると、

この国の高等教育の大衆化は「受験学習を経験したうえで選ばれた者としてのエリート層」の拡大ではなく,「受験学習をまったく経験せずに選ばれてしまったノンエリート層」を大量に吸収するかたちで進んだという事実が重要なのである。

いささか奇矯なネーミングではあるが,伝統的な大学・大学生像を「中心」とするならば,その範疇には入らない「周辺」部分に生じた変化という意味で「マージナル」という言葉を用いてみたのであった。

とあります。

つまり「マージナル大学」とは、「『受験学習をまったく経験せずに選ばれてしまったノンエリート層』が多数所属する大学」のことを言います。どれぐらい多数所属しているかというと、、、

「マージナル大学」が平均以下の層のみを吸収し たということではない。従来からの伝統的な大学生も少数に含みつつ,平均かさらには平均以下の 発達レベルにある学生までも分厚い層で抱え込んでいるというのが実態である。「マージナル大学」の多様性というのは,この平均以下の層も取り込んでいるという実態にまで目を向けておかないと,十分に把握しきれないのではないかというのが日々の実感である。

「従来からの伝統的な大学生も少数に含みつつ」とあるので、所属する学生の8割~9割が「受験学習をまったく経験せずに選ばれてしまったノンエリート層」として所属していると思っておきましょう。

 

「マージナル大学」の課題

居神氏の論文ではこの点についても言及していますが、ここからは自分なりの考えを書いてみたいと思います。マージナル大学の課題は大きく2つあると見ています。

学力が低い

学力の低さは深刻で、受験学習を経験せずに入学してしまったがために、大学の授業についていけないことはもちろん、義務教育レベルの知識さえ持たない学生が存在しています。

学習する意欲がない

学習意欲に関してはマージナル大学に限った話ではないかもしれません。が、ここで言いたいことは、大学入学の前段階の話です。受験学習を経験した学生なら学習する習慣が元々身に付いていますが、それを経験していない学生は、学習意欲自体が元々ないということです。

これはとても大きな違いで、大学に入学するまでほとんど学習意欲を持たなかった学生に、大学に入ってから急に学習意欲を持たせることは不可能に近いです。

 

このように、2つの課題を持つ学生が多数所属し、大学教育が全うに実施できない状況がマージナル大学の課題と言えます。 

 

「マージナル大学」に期待されること

マージナル大学に期待されることは何なのか。それを大学の役割である教育と人材輩出の2点から見ていきたいと思います。

教育

学習意欲を持たない学生は、なぜ持たなかったのか。それは学習に意味を見いだせなかったからにほかなりません。なぜ学習をすべきなのか?それを理解させるためには、将来像を見せる必要があります。将来像とは就職のことです。今学んでいる内容が、社会に出たときに役に立つということが分かれば、学習意欲が湧いてくるのではないでしょうか。そのためには、実践的な教育が必要です。産学連携を強化し、実学に近い科目を教えることで、将来像を意識させ学習意欲を生み出すことが可能だと考えます。そのための仕組みを文部科学省も進めていて、それが以下の事業です。

地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+):文部科学省

 

人材輩出

 現在、構造的な人不足の時代が続いています。特に地方は深刻で、「中小企業」と名の付く企業はイメージが先行し不人気な状態が続いています。素晴らしい企業はたくさんあるのにも関わらず。原因の一つに、大学も学生も企業のことを理解できていないということが挙げられます。この情報格差を是正し、地域に人材を還元することが求められます。地方のマージナル大学がその役割を果たして頂きたい。そのように思います。

 

今日はマージナル大学について考えてみました。大学のレベルごとに効果的な目標を定め、大学の意義を高めていく。その施策が求められています。